【コラム】事業者の相続・・個人の場合と法人の場合

事業者の相続の問題

 事業をしている人が亡くなると、事業に大きな影響を及ぼす恐れがあります。すなわち、法人であれば代表者が不在になる、個人事業だと判断を下すだけではなく権利義務の帰属主体である人がいなくなる、わけですから、いずれにせよ事業に関する権利義務関係に大きな変動が生じます。その結果、事業の遂行が困難になり、従業員や、取引先に大きな不利益が生じかねません。そこで、代替わりによる影響を最小限に抑えるために、あらかじめ準備をしておくことが望ましいと言えます。

 もっとも、法人の場合と個人事業の場合とでは、考慮すべき要素が全く違いますので、以下では分けて解説します。

個人事業主の場合

 個人事業主の場合は、権利義務の帰属主体は個人です。すなわち、事業のための土地や家屋の所有者または賃貸借契約の主は個人、売り上げが入ってくるのも個人であり、一方で、経費を払うのも個人です。それゆえ、個人事業主が亡くなると、その人が持っていた不動産や預貯金などの資産は遺産として相続の対象になります。

 したがって、事業に用いている不動産、事業用資金、といった具体的な資産を事業の承継者が相続できることが重要になります。すなわち、相続人のうち1名が被相続人の生前から事業に関わっていて、そのまま事業を承継したいと考えていても、事業に用いる資産を相続できなければ、事業の継続に支障を生じてしまいます。例えば、店舗として用いている建物を他の相続人が相続して売却してしまうと、そこで事業を続けることは難しいでしょう。あるいは、事業の運転資金として使いたい預貯金を相続できないと、直近の仕入れができなくなり事業が止まってしまう、ということも考えられます。このような事態を避けるために、あらかじめ遺言で遺産の分割方法を指定しておくことが望ましいと言えます。

 すなわち、事業に使う資産は後継者が相続できるように、遺言で指定しておけば、相続が起きても事業への影響を最小限に抑えることができると考えられます。

 

法人の場合

 法人の場合は、権利義務主体である「会社」自体がなくなるわけではありません。しかし、法人化していても、(わかりやすいように株式会社を例にしますが)株式の全部または大部分を代表者が持っていた場合、やはり、相続により事業に支障が出ることがあります。すなわち、もし、株式の全部を代表者が持っていると、代表者の死亡によって、会社は代表者を失うと同時に株主構成の変動が生じることになります。

 遺言がなければ、株式は法定相続分に従って共有になりますので、仮に後継者がいても、相続人が複数いれば、その後継者が自動的にすべてを相続するわけではありません。そうすると、これまでは代表者は100%株主として取締役の選任や解任をはじめ、法人の様々な事項を自らの意思で決定できたのに対して、後継者は経営の自由度を失いかねないし、そもそも、被相続人が後継者にするつもりであった相続人が代表取締役に就任できるかもわかりません。この辺は取締役設置会社かどうか、などいくつかの要素が絡んでくるので、詳細な解説は避けますが、取締役1名の株式会社において株式の半数を相続した相続人が事業に関心がないために後継の取締役が選任されないというような事態すら起きえます。

 それゆえ、円滑な承継の実現のためには、株式の全部ないし大部分を後継者である相続人が相続できるように遺言を作成しておくことが望ましいと言えます。なお、議決権の制限のある株式や拒否権付き株式を発行して承継者が会社の実質的な支配権を得られるように遺言で割り振ることも考えられますが、逆にそういう株式がすでに発行されている場合には注意が必要です。

 

遺留分侵害額請求(旧遺留分減殺請求)への対応

 まず、相続人のうち兄弟姉妹には遺留分はありません。一方、他の相続人が被相続人の子や配偶者である場合には遺留分があり、それを侵害する遺言を書いたとしても、その侵害分を金銭で請求される恐れがあります(改正法で金銭債権とされました)。したがって、遺言を書くときに侵害しないように、事業用資産、事業用株式以外の遺産を他の相続人が相続するようにするか、あるいは、侵害額請求されたときに支払える金額を用意しておきましょう。

 もっとも、遺留分侵害額請求ができる期間は短く(1年で時効になります。他に除籍期間あり)、請求されないことも多いです。もし、他の相続人が納得してくれるなら、遺留分を侵害していても実際のところは問題はありません。

 

相続税の問題

 事業用資産は得てして高額になりがちです。そこで、相続税の問題が発生することが多いです。これについては、個人事業主の場合事業用の不動産の特例があり要件に当てはまれば評価額が減じられます。また、法人の場合は、事業承継税制の適用により相続税や猶予や免除される場合がありますが、適用には要件があり、相続後も事業の継続をする必要があるなどデメリットもあります。個人についても近年の改正で類似の制度ができました。いずれにせよ、相続税については税理士の専門ですので、相続に関して当事務所にご相談の場合は、税に関する部分は税理士を紹介させて頂き、遺産分割に関しては弁護士が、相続税に関しては税理士が、対応するという形になります。

 相続税は特定の相続人に資産を集中させると重くなる傾向があり、一方で事業の承継のためには特定の相続人に資産を集中させる方がスムーズにいくことが期待できる、というわけで、悩ましい問題ではあるのですが、上記のように、事業承継のための税の軽減や猶予・免除措置もありますので、税理士と相談しつつ、相続への備えをしていくことが望ましいと言えます。

 

事業承継への備え

 ここで重要なことは、事業承継への備えは早めにしておくべきということです。そして、相続人が複数いる場合は遺言を書いておくことが重要です。もし、複数の相続人が遺産分割をめぐって争うと、思っていた通りの事業承継ができないのみならず、後任の代表者選出が行われないなどにより事業自体が止まってしまう恐れすらあります。そのような問題を避けるためには、あらかじめ遺言で事業用資産や株式をだれが相続するのかを指定しておくことが非常に重要です。

 また、事業承継税制もあらかじめ認定が必要なので、早めに準備する必要があります。なお、事業承継税制の要件に縛られないために敢えて制度を使わない手はありますが、その場合でも、個人事業の場合事業用地の特例などにより税の軽減を受けられる場合もあります。それらについても、あらかじめ税理士と相談しておけば、いざ相続が起きた時に慌てずに済みます。

 当事務所でも、事務所外の税理士と協力しつつ、ご相談者様の事業承継に必要な助言をすることができます。事業承継のことで悩んでおられる方は、まずはご相談ください。

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